※令和4年3月16日の地震により、金山城の石垣の一部が崩れております。
標高120mの独立した小山が金山城址です。相馬氏の家臣により築城されましたが、天正12年(1584)伊達・相馬の争いで伊達氏のもにになり、その戦いで功績のあった中島伊勢守宗求が、大内、金山などの領地と城を与えられました。それから明治維新まで代々中島氏が城主となって、この地をおさめました。
※まるもり歴史散歩引用
歌碑 臥牛城覧古(がぎゅうじょうらんこ)
(訳)「城址にのこっている石垣などは草むらに深くおおわれてしまい、
吹く風の音もものわびしく真っ赤な夕日がまさに沈もうとしている。
視線を転ずると眼下に藩宋政宗公が初陣した矢ノ目の塁址が見え、
更に磐城(いわき)と陸前二国の秋景色を遥かに見渡す事ができ、
戦国時代のことが偲ばれ深い感慨(かんがい)にうたれる。」
(引用:攻めてくる敵を攻撃する機能!小斎城・金山城・丸山城 解説資料より)
金山城址への行き方を、動画でご紹介します!