第三話

川面に揺られ、ほぐれる心〜阿武隈ライン舟下り〜
<前編>

2025.4.25

 赤、橙、黄、茶、そして常緑樹の緑。決して一つの色では表し切れない木々の紅葉に囲まれながら、屋形船がゆっくりと穏やかな川面を進んでゆく。普段暮らす街中に溢れる色とは違った、純粋で雄大な自然の彩りを前に、心までもが凪いでいくのを感じつつ、何度も「きれい」と心の声が漏れ出していたーー。


 紅葉もピークをわずかに過ぎた11月の下旬に訪れたのは、丸森町にある「阿武隈ライン舟下り」。紅葉シーズンに入って、各地のスポットの盛況ぶりがニュースなどで取り上げられる中で、「紅葉は楽しみたいけれど、できればゆっくり過ごしたい」、そう思って調べているうちにたどり着いたのが、かつて両親から、そして祖母からも聞いたことのあったこの場所だった。

 阿武隈川は北上川に次ぐ東北第二の大河で、古くから地域の大切な舟運の要だった。「阿武隈ライン舟下り」では、そうした歴史の面影とともに、悠久の時が刻まれた渓谷を堪能することができる。

 現在、運行は基本的に1日3〜4本で、往復約11kmの道のりを70〜80分間かけて進む。舟では四季に応じた食事のセットもあり、秋は舟上で芋煮を楽しめるほか、10月から3月にかけてはナイトクルーズも行われている。令和元年の台風被害による営業休止、さらにはコロナ禍などの困難を経ながらも、2024年で運行60周年を迎えた。

 前日までの寒さが落ち着いた当日の朝、車で向かった「阿武隈ライン舟下り」の乗船場である観光交流センターは、丸森のシンボルでもある真っ赤な丸森橋を渡ってすぐの場所にあった。「混んでるかな」。そう心配しながら受付を済ませると、この日は思いの外空いているようで、出航までの時間を観光交流センターで過ごすことにした。

 その屋内には地元の特産品が並ぶ売店や、ラーメンやおにぎりなどを提供する「まるもり食堂」があったが、この日は舟の上での芋煮があるので我慢。大きく開けた窓の外には美しい景色が広がっており、それだけですでに間もなく始まる舟旅への期待に胸が膨らんでいった。

 いよいよ出航時間が近づき、舟の待つ川岸へと続く階段を降りてゆく。川岸では水色の半被をまとい、バンダナを頭に巻いた船頭さんが「昨日は寒がったけど、今日はいい気温だあ」と、クシャッとした笑顔で迎えてくれる。後ろには「あぶくま」「かわせみ」「平成」と書かれた屋形船が並び、さらに舟のそばには、鴨の群れが可愛らしい小舟のようにぷかぷかと浮いている。

 「気つけで」。船頭さんに見守られながら、岸と舟を繋ぐ一枚の板を渡って「第二かわせみ」へと乗船。中に入って靴を脱ぎ、畳の座席に腰を下ろす。「第二かわせみ、出航します」。アナウンスが響くと、河岸では他の船頭さんやスタッフの方々が「いってらっしゃ〜い」と大きく手を振って送り出してくれて、こちらも少し照れながら「いってきます」と手を振った。

 舟は太陽の光を眩しく反射する川面を滑るように進んでいく。川面は手を伸ばせば届くほどの距離で、よく見ると川底まで透けて見える。いつもよりも低い視線から見る景色に、まるで川面に浮かんでいた鴨になったようで、「鴨はいつもこんな景色を見ているなんて贅沢だな」などと羨ましくもなった。

 ゆっくりと紅葉を楽しみたい。ただそう思って来た場所だけれど、気付いたら、穏やかな川面、舟が起こす波の音、照り返される陽の光、そして自然の中でありのままに生きる動物たちといった、全ての景色や音に癒されていく。

 思っていた以上に素敵な場所。そう思うと、もっとたくさんの人が来て、もっとたくさんの舟が出て、もっともっとみんなに知られる場所になったって全然不思議じゃないのに。そんなことが頭を巡り、次は別の季節に恋人や家族を連れてまた来ようと決めて、頭の中をもう一度空っぽにする。すると、その空っぽになった心に、目の前の景色と、船頭さんのジョーク交じりのおしゃべりから生まれる笑い声が、優しく穏やかに染み込んでいき、それが無性に心地良かった。
(後編へ)

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阿武隈ライン舟下り

丸森町を流れる東北第二の大河で、長い間重要な舟運として利用されてきた阿武隈川の面影を伝える舟下り。名勝・奇岩の多い渓谷の四季を屋形船に揺られながら堪能することができ、季節に応じた食事セットのほか、期間限定でのナイトクルーズも運行している。

WEB:https://abukuma-line.jp/
場所:〒981-2171 宮城県伊具郡丸森町下滝12
TEL:0224-72-2350 (一般財団法人丸森町観光物産振興公社 8:30~17:00)
出航時刻:9:45 / 11:30 / 13:30 / 15:20 ※15:20発の便は、4~10月まで運航予定
休業日:月曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始

文章

口笛書店

宮城県石巻市を拠点とする出版社・編集プロダクション。石巻と全国各地を行き来しながら、書籍の執筆や編集、ウェブサイトのコンテンツ制作、企業・団体のブランディングなどを行っている。またコミュニケーションも編集の事業領域と捉え、イベント企画やまちづくりにも関わる。

カメラマン

干田哲平

石川県金沢市生まれ、2006年大阪芸術大学卒業。都内スタジオ勤務を経てフォトグラファーに師事後独立し東京をベースに雑誌、カタログ、広告などで活動中。Instagram@teppeihoshida