

川面に揺られ、ほぐれる心〜阿武隈ライン舟下り〜
<後編>
車なら20分もかからない距離を、屋形船に揺られてゆっくりと進む贅沢な時間。舟はまず上流へと進み、少しすると、阿武隈急行の鉄橋と川が交差する位置に差し掛かる。いつも見慣れているはずの鉄橋も、舟下りという特別な時間と場所の中では、自然との絶妙なコントラストを描き出すから不思議だ。
「そろそろですよ」。船頭さんがそう言うと、山の木々の間からベージュの車体に水色と緑のラインが入った阿武隈急行の車両が顔を覗かせ、舟に気付いて「パァーーー」と汽笛を鳴らす。鳴らしているのはもちろん車掌さんなのだが、電車と舟という乗り物同士が挨拶を交わしているようにも思えて愛おしい。聞けば、このカラーリングの車両は阿武隈急行のシンボルながらも、車両の置き換えで少しずつ引退していき、現在は2本のみとなっているとのこと。この2本もいずれは惜しまれつつ引退する予定のようで、その話に改めて貴重な景色を目に焼き付ける。

その後は再び、船頭さんのおしゃべりに何度も笑わせられながら、道中の岸壁に佇む観音様や、弘法大師の伝説にまつわる「弘法の噴水」などの見どころもしっかりと堪能する。上流4kmの地点でUターンをする際には、先にUターンしていた前方の舟のお客さんが笑顔で手を振ってくれて、言葉を交わすわけではないけれど、同じ時間を楽しむ仲間のような一体感に包まれていく。

Uターンをして今度は下流へと進む中で、いよいよ芋煮の鍋が乗ったカセットコンロの火を点け、次第にふつふつと温まっていく様子を見守る。一方向にだけ進む舟であれば全ての景色を見逃すまいと思って食事に集中するのは難しそうだが、「阿武隈ライン舟下り」では上りで景色を存分に楽しんだ分、下りではお待ちかねの鍋をしっかりと味わうことができる。「そろそろ」と、鍋の蓋を開けると、玉手箱のように湯気が立ちのぼり、思わず誰もが「おお」と声を上げ、なんなら拍手までしてしまう人もいて笑った。

そうして地元産の豚肉や野菜がふんだんに使われた具沢山な芋煮を椀に取り分けていくと、その中で人参が不思議な形をしていることに気付く。「丸森は猫神文化の土地だがら、人参は猫型なんです」。船頭さんがそう教えてくれて、そんなちょっとした遊び心にも頬が緩み、「せっかくだから」と最後に猫型の人参を添える。また、芋煮セットには、絵に書いたような海苔の巻き方をしたおにぎりもついていて、幼い頃の遠足を思い出した。
早速、熱々の芋煮を口に含むと、11月の寒さの中でその温かさが体に染み渡っていく。「空腹は最高の調味料」などと言うけれど、景色や環境も空腹と同じかそれ以上に最高の調味料だ。「河原での芋煮会」ならぬ「川の上の芋煮会」という貴重な時間に、まさに体だけでなく、心まで温まっていった。


そこから舟は発着場まで戻ってさらに下流へ。すると、来るときに車で渡った真っ赤な丸森橋とその奥の丸森大橋が一つの景色の中に閉じ込められ、まるで二重の虹のアーチのように眼前に広がる。そのまま丸森橋の下をくぐる際には、普段は見ることのできない橋の裏側や橋桁の重厚さを間近で見ることができ、豊かな自然だけでなく、当たり前の暮らしの中にある人々の営みの凄さまでをも教えてもらった気がした。

舟下りは、時間にして1時間と少し、そして距離にして10kmちょっと。そんなわずかな舟旅が終わりへと向かい、舟が岸へと近づいていく。発着場では出航の時と同じように船頭さんとスタッフの方々が、今度は「おかえり」と言って手を振ってくれていて、こちらも自然と「ただいま」と手を振り返す。出航時にはどこかぎこちなかった自分自身の仕草とは違い、心から「ただいま」と手を振る自らに、わずかな時間のわずかな距離でほぐされた心を実感する。

「やっぱり」ともう一度思う。この素敵な場所に、今度は大切な人たちと一緒に来よう。そして、今日の自分のように、丸森の自然をもっと、丸森の人々の温かさをもっと、丸森のおいしさをもっと感じてもらいたい。“もっともっと”。せっかくの静かで穏やかな舟旅の終わりに、そんな想いで心も頭もいっぱいになってしまったけれど、それはこの短い時間の中で芽生えた、丸森への愛着のせいだと思うことにした。
(終)

阿武隈ライン舟下り
丸森町を流れる東北第二の大河で、長い間重要な舟運として利用されてきた阿武隈川の面影を伝える舟下り。名勝・奇岩の多い渓谷の四季を屋形船に揺られながら堪能することができ、季節に応じた食事セットのほか、期間限定でのナイトクルーズも運行している。
WEB:https://abukuma-line.jp/
場所:〒981-2171 宮城県伊具郡丸森町下滝12
TEL:0224-72-2350 (一般財団法人丸森町観光物産振興公社 8:30~17:00)
出航時刻:9:45 / 11:30 / 13:30 / 15:20 ※15:20発の便は、4~10月まで運航予定
休業日:月曜日(祝日の場合は翌平日)と年末年始
文章
宮城県石巻市を拠点とする出版社・編集プロダクション。石巻と全国各地を行き来しながら、書籍の執筆や編集、ウェブサイトのコンテンツ制作、企業・団体のブランディングなどを行っている。またコミュニケーションも編集の事業領域と捉え、イベント企画やまちづくりにも関わる。
カメラマン
石川県金沢市生まれ、2006年大阪芸術大学卒業。都内スタジオ勤務を経てフォトグラファーに師事後独立し東京をベースに雑誌、カタログ、広告などで活動中。Instagram@teppeihoshida