第二話

流れる時間と共に〜不動尊公園キャンプ場〜
<前編>

2025.2.26

 コロナ禍だった2年前の夏、友人に誘われて人生初めてのキャンプに行った。「とりあえずこれがあれば大丈夫」という道具を一通り揃えて臨んだそのキャンプは、当時の世間の閉塞感から解放されたような心地がしたのを覚えている。

 「次は一人で行ってみよう」。あれから何度もそう思いながら、日々の仕事の忙しさに追われて気が付けば早2年。あの時、友人が「キャンプ道具じゃなくて、キャンプギアね」と教えてくれたその“ギア”は、ずっと玄関の押入れに眠らせたままになっていた。

 大きめの仕事が一段落した2024年の11月。「そういえば」と思い出すようにその押し入れを開けると、そこには当時仕舞ったままの姿のテントやシュラフたち。申し訳なさと高揚感が入り混じる中、引っ張り出した勢いに身を任せるように「一人で行ってみるか」と心を決めた。


 とは言え、2年ぶりの上に、初心者も初心者。しかも季節は朝晩の冷え込みが厳しい11月だ。一通り揃えただけのギアでは心許なく、まずは宿泊をしないデイキャンプから再出発することにした。そして、初心者にも優しくて何かあっても安心なキャンプ場を、と思って見つけたのが、丸森町の不動尊公園キャンプ場。ギアのレンタルや飲食物の販売も充実していて、何よりHPで見た場内の景色に「ここにしよう」とすぐに心を掴まれた。

 当日は、ビギナーキャンパーでもそうだと分かるほどの“キャンプ日和”。ギアを車に積み込みながら「絶対何か足りてないんだろうなあ」と不安になったものの、もしそうなっても現地で借りればいいという安心感に、出発前から早速助けられる。

 不動尊公園キャンプ場は、丸森町の中心部から車でおよそ10分。丸森に入り、キャンプ場へと、複雑な色合いに染まった山々の紅葉を眺めつつ車を走らせる。するとその道中、山のふもとから頂上にまで達するのではないかと思うほど巨大な銀杏の木が、その葉を美しい黄色に染め上げていて、思わず車を停めた。

 丸森の大銀杏ーー。そう呼ばれる巨木に近づくと、道路から見ていた時以上の大きさと荘厳さに圧倒される。看板には「昭和42年4月11日 宮城県指定天然記念物」の文字。高さ約46メートル、樹齢約650年と推定され、どうやら幹は周囲17メートルにもなるらしい。鮮やかな黄色い葉は、二拍子を刻む指揮のような軌道でゆっくりと舞い落ち、隣家の赤い屋根、そして青空と美しいコントラストを描き出していく。

 人というのは勝手なもので、壮大なものを目の前にすると、すぐに「パワースポット」などと呼んだりする。紅葉の時期であろうとなかろうと、人が見ていようと見ていまいと、ずっとこの場所に立ち続け、静かに、そして確かに時を刻み続けてきたこの巨木。その荘厳で雄大な姿からはやはり、勝手だと分かっていても神聖なパワーを分けてもらったような気持ちになる。

 そうして車へと戻ろうとすると、地面すれすれを落ちずに舞い続けている銀杏の葉を見つけて、目で追った。だがよく見てみると、それはひらひらと宙を舞う一匹の黄色い蝶々。「これはやられた」。雄大な自然の手のひらの上で転がされたような可笑しさと楽しさに一人で笑い、こうして笑顔にさせられてしまうのも、大銀杏のパワーのひとつかともう一度勝手ながら思った。

 思いがけない寄り道に晴れやかな気分で再び車に乗り込み、山道の紅葉のアーチをくぐり抜けてゆくと、目的地の不動尊公園キャンプ場の看板が見えてきた。駐車場に車を停めて外に出れば、聞こえてくるのは風に揺れる木々の葉音と川のせせらぎ。HPで見るだけでは分からなかったあまりにも豊かさな景色の中に立ち、自然の音に耳を傾けながら、いかに普段暮らしている場所が様々な音に溢れ過ぎているのかを痛感する。そして、その“普段”の場所から少し足を伸ばしただけなのに、ずいぶんと遠くへ来たかのような錯覚に、心が浮き足立っていくのを感じた。
(後編へ)

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不動尊公園キャンプ場

丸森町の阿武隈渓谷県立自然公園内にあるキャンプ場。木漏れ日が降り注ぎ、川も流れる敷地内には、キャンプサイトやコテージのほか、サウナも設置。キャンプギアのレンタルや、各種備品の販売に加え、コーヒーやクラフトビール、さらには食材を提供するカフェも併設されている。

WEB:https://www.fudousonpark.site
場所:〒981-2116 宮城県伊具郡丸森町字不動64-1
TEL:0224-72-2646
FAX:0224-86-5040
営業時間:9:30~17:30(冬季は9:30~17:00)
休園日:火曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始・その他臨時休業日

文章

口笛書店

宮城県石巻市を拠点とする出版社・編集プロダクション。石巻と全国各地を行き来しながら、書籍の執筆や編集、ウェブサイトのコンテンツ制作、企業・団体のブランディングなどを行っている。またコミュニケーションも編集の事業領域と捉え、イベント企画やまちづくりにも関わる。

カメラマン

干田哲平

石川県金沢市生まれ、2006年大阪芸術大学卒業。都内スタジオ勤務を経てフォトグラファーに師事後独立し東京をベースに雑誌、カタログ、広告などで活動中。Instagram@teppeihoshida