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民俗芸能鑑賞のつどい

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丸森町の民俗芸能を今に伝える保存会の皆さまが一堂に会する
「丸森町民俗芸能鑑賞のつどい」が丸森まちづくりセンターで開催されました。
それでは演目のご紹介です。解説は頂いた資料等から引用させていただいております。

1.堂山神楽  鎮座の由来 小野篁(おののたかむら)卿大猪退治
堂山神楽保存会

紀元802年、平安の都に現れた大猪が暴れ人々が困っていた時に、これを退治するために
小野篁が東走する猪を追いかけついに大蔵の山頂で退治した伝説を、地元の有志が
秘仏開帳100回を記念してこの神楽を創作しました。

2.筆甫神楽  鎮神武天皇御祭礼神楽
筆甫神楽保存会

明治初年、筆甫地区に悪疫が流行した時に村人が神に祈願をしたところ
「青葉神楽を舞えば良い」との神託がありました。早速青葉より”石川ゴイ”という
人を招いて習舞ったところたちまちのうちに悪疫が止んだということです。

3.青葉神代神楽   四方固めの舞・大麻舞・手鞠舞・火男
青葉神代神楽保存会

定かではありませんが、今から900年前に伊具の地頭伊具十郎永衡が
国家安泰、五穀豊穣、悪疫退散を祈願し地元の熊野神社に奉納したことに
始まると言われています。

4.上滝十二神楽   八幡舞
上滝十二神楽保存会

不動尊愛敬院に伝わる修験神楽で、法印神楽をもいわれています。四十八番
あったものを明示初年に伊達家のお抱え神楽であった千貫神楽と連携を保ちつつ、
現在の十二幕にまとめたものと言われています。

5.松掛神楽   種蒔舞
松掛神楽保存会

出羽の国、朝日修験の大沼山大行院に伝わる山伏神楽で、室町時代に大行院と
交流のあった伊具郡木沼の宗吽院を経て仙南地方に広まったといわれております。
修験道の高祖、役小角(えんのおづね)が鳥海山で修行中、国家安泰、五穀豊穣、
諸病退散を祈願し祈祷の舞として行ったことに始まると言われております。

6.大内山伏神楽  三密修剣の舞
大内山伏神楽保存会

竹の内契約講に伝わる修験神楽で、正しくは「十二段頭祈祷の舞」といいます。
修験道の高祖、役小角が出羽の国鳥海山で陰陽二匹の獅子頭をつくり、国家安泰、
五穀豊穣、諸病退散を祈願したことに始まると言われています。

7.田林神楽  三本剣の舞
田林神楽保存会

今から1200年の昔、蔵王山で修行中の山伏が村人を苦しめていた三匹の鬼を
退治して、諸病退散、国家安泰、五穀豊穣を祈祷したことに始まるとされています。
後世、角田の金津に伝わり、隣村の枝野を経て田林に伝承されたものと言われています。

8.堤神楽  三本剣舞
 堤神楽保存会(招待芸能 大河原町)

出雲流岩戸神楽に属する堤神楽は、仙台とその周辺から県南の各地に分布している
十二座神楽のひとつで、明治後期に堤地区の長山孫治氏が、蔵王町向山地区の神楽を
堤地区に伝承し現在に至っています。大河原町で唯一の神楽として保存、伝承の
活動を続けています。

9.青葉の田植踊  田植踊り
青葉の田植踊保存会

青葉の熊野神社の前身が、羽黒は修験宗の玉宝院と呼ばれた神仏混淆の寺院で
あったことから、ここを往来する山伏によって大内に伝えられたと推測されます。
青葉地区には、熊の入から嫁にきた塩沼ふよのさんの手によって流伝したとも
言われています。

10.丸森ばやし  タンタコ・祇園ばやし・おかぐら
丸森ばやし保存会

神明社の夏まつりに行われる屋台ばやしで、郷土出身の斎藤弓弦画伯の父、
斎藤丈八氏が長男・鶴治氏を京都に遣り、京都の祇園ばやしをならわせ丸森風に
仕立てたものと言われております。

このように古くから伝わる民俗芸能に没頭した約3時間でしたが、どれもこれも
魅入ってしまうものばかりでした。個人的には調子の良い横笛の調べを聞いていると
夏祭りなどを思わされてしまうので、ずっと楽しい気分で見させていただきました♪

 

@まと

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